やっぱここがいいな。

noteとかも試し打ちしたけど、やっぱり私はここが良いみたい。
いっぱい語りたいこともあるし共感を得たいこともあるけど、私には向いてないみたい。
ネガティブな意味ではなく。
私は私の世界を思いっきりのびのびと構築した方が、よっぽど素敵なものが作れるみたい。
そのためには外の世界とできる限り接触しないことだと結論。

今年は活動を減らして、1つ1つの創作をじっくり練ろうと思っているけど、どうしても駆け足になっちゃうのを抑えないと…。

8、10、年末で年内は終わり…
それでも今年は1月、2月、5月、8月、10月、12月って結局6回もオフ、6冊も新刊作る計画かい
全然減ってなくない?(^^;)

来年はゼロにしてみたいな…。
コミケは当選すれば出るんだろうけど…そうGWの青海コミケが気になっている。

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今年は大きな変化があるよとずっといろんな占いで言われてきて、なんだろうな~って待ってるんですが
案外じわじわと来てるのかもしれない。
創作については、変化というか終着駅のような気がする。

ここ数年イライラしててよく
「SNSに流すために絵描いてるんじゃないし人のために描いてるんじゃないし」って暴れたくなったけど、結局それが本音なんだなあと。
ツイッター廃人なのでどうしてもツイ→絵流すっていうのが染み付いてしまってたけど。
絵を描けることはコミュニケーションツールとして大変便利だと思ったけど、それは間違いだったなと。
わたし、なんのために絵描いてるんだっけ?ってここ数ヶ月でしみじみ思い知らされた。思い出させてもらった。

「描きたいから描いてる。」
どんな時に描きたくなるかと言うと、感情の波がすごく大きくなったとき。ポジティブもネガティブも。
「いくら言葉にしても救われない!」と思った時に絵を描いてるんだなって。

結局自分のカウンセリングでしかないんだなって。

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で、もう1つ。
絵を描くことと同人誌を作ることは別のことだと思ってて。
「同人誌=本=漫画とか小説とか、本を出すという前提で描くから好きなサイズにのびのび描く絵とは違う」
ってたのね。

今まで作った本全部愛着があるし好きだけど、なんか違う。
自分が即売会に出てスペース取って表現したいものってなんかこれじゃない。
ってずっともやもやしてたけどそれもなんだか分かってきた。

「いくら言葉にしても救われない!」を昇華させるのが私の表現で、それって生身の自分と、次元を超えた世界との対話(チョーカッコヨク言うと)なんだよなと
で、境界を溶かしたい。
なんか、自分のグロテスクな生身が少しでも綺麗な世界に近づけるような。
絵を描いている時間はそういう時間にしたいし、作品を見て、そういう気持ちになってくれる人がいたらいい。

それが自分の表現したいことだから、じゃあそれを同人誌にしてみるのもいいのかなって。
うまく言えないけど
例えば1ページに1文字しか書いてなくたっていいんじゃないかなって
冊子型で境界を溶かす実験的な。

人生まだまだ長いから、いろいろ試せておもしろいなって。

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ここまで考えが及んだのは、去年の活動が一番影響が大きかった。
「へー、私の作品のこと理解してくれる人いるんだな」
「お布施をくださるくらい価値を感じてくれる方もいるんだな」
って。

これからも永遠死ぬまで絵は描き続けるけど、そうやって、私が心を救われるのと同じように救われると言ってくれる人がいるならば、自分のお絵描きの延長線上で外への発信も続けたいな、と思ったのだ。

同人続けてる人のモチベってみんなそうだよね、ありがたい。

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そして相変わらず、今とても、救われたい状況にあるわけです。
なんだろうな、この救われたい気持ちは10代の頃に気付いてから全く少しも改善しない。
病んでるとは思わないんだけど常にそこにある破滅と死への恐怖みたいな~暗黒天使光臨~(^-^)
「その美しい世界の住人になりたい」という願望、憧れと叶わない絶望感なんですかね?まあいいや。

ああ救われたって思えるような、達成感のある絵を、しぬまでに1枚でも多く描いてみたいです。

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